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「植物工場」とは?
農業の歴史は古いですが、農業の新しいスタイルである「植物工場」はまだまだ歴史の浅い技術です。
「植物工場」のはじまりは1957年のデンマークでクレスというカイワレに似たスプラウト栽培(種子を人工的に発芽させた新芽)が最初だと言われています。日本でも1974年に東大の農学部の先生と日立製作所のグループによって開発が進められました。その後、日本では時代の流れに合わせて「植物工場ブーム」が3回発生しています。
第1次ブームは1985年のつくば科学万博で注目されたことにより発生しました。
第2次ブームは1990年にキューピーなどの大企業が参入することでブームがおこりました。
第3次ブームは2009年に農林水産省と経済産業省の両方の省庁から合計150億もの補助金がでることによって研究機関や企業が一気に参入することでブームが起こり、現在に至っています。
しかし、現状は補助金で作った植物工場の採算が合わせられない企業はどんどん倒産・撤退をしているような厳しい状況もあります。その中でも、きちんとノウハウを積み重ねて採算を合わせてきた植物工場が大規模化してなんとか事業化できるところも出てきています。
今後も農業分野で新規ビジネスを考える際には間違いなく「植物工場」は選択肢の候補として出てきます。
今回の記事ではそんな「植物工場ビジネス」について詳しく解説していきます。
「植物工場」ってなに?
・「植物工場」の定義とは?
植物工場の定義は「野菜や苗を中心とした作物を施設内で光、温湿度、二酸化炭素濃度、培養液などの環境条件を人工的に制御し、季節や場所にあまり捉われずに自動的に連続生産するシステム」です。
植物工場には「太陽光利用型」と「完全制御型」の2種類のスタイルがあります。
・「太陽光利用型」の植物工場とは?
「太陽光型植物工場」とは半閉鎖型のシステムで「ハウス栽培」に近く従来の農業的な側面が大きいシステムです。換気を必要とし、半透明のビニールシートやガラスで囲まれており太陽を有効活用します。
太陽光型の植物工場に適した作物は「環境を制御することにより、露地栽培より大幅に収穫量を増やせる作物」です。例えば、トマト・パプリカなどの果菜類、葉物野菜やハーブ類、マンゴーやビワ等の果樹が適しています。
・「完全制御型(人工光型)」の植物工場とは?
「完全制御型(人工光型)」は工業的側面が大きいシステムです。工場は光を通さない断熱材で覆われ、密閉度が非常に高いです。密閉された工場内では光源、温度、湿度、養分、二酸化炭素濃度等もすべてコントロールして管理することで品質・収量を人工的に完全管理します。
完全制御型のシステムでは弱い光で、栽培期間が短く、高密度で生産できる作物が適しています。例えば、レタス等の葉物野菜やハーブ等の香草類、小型根菜類がこのシステムに向いています。
しかし、完全制御型(人工光型)植物工場でトマトやパプリカ、イチゴ等の果菜類の生産は技術的には可能ですがコスト的に実用的ではありません。その理由はこれらの作物は「強い光が必要」で、「数か月以上の栽培期間を必要」とし、「栽培密度が低く」、「草丈が高いと多段式(棚が何段にも重なったスタイル)ができない」等でコスト高になってしまう課題が多いためです。これらのコスト高の課題を強引に完全制御型の植物工場で解決しようとすると、電気代等のコストが膨大になり、採算性が合わずにビジネスとしてはすぐ倒産するか撤退することになります。
・太陽光型植物工場と人工光型植物工場の比較
(わかりやすく対比した表です↓)
項目 | 太陽光型植物工場 | 人工光型植物工場 |
光源 | 太陽光 (+補光ランプ) |
LED、蛍光灯etc |
主な栽培作物 | トマトなどの果菜類や葉物 | 葉物、苗、香草類、小型根菜類etc |
環境制御 | 比較的容易に制御可能 | 容易に制御可能 |
病害リスク | 比較的少ない | 少ない |
立地 | 郊外がメイン | 市街地や建物内でも可能 |
気象 | 多少影響を受ける | 影響なし |
土壌 | (溶液栽培の場合)影響なし | 影響なし |
直接雇用 | 約20人/ha | 約200人/ha |
資料:図解でわかる植物工場より一部改変
「植物工場」は農業の「ハウス栽培」や「水耕栽培」とはどう違うの?
農業生産の方法は自然への依存度の違いによって栽培方法の呼び方が変わります。
「露地栽培↓」・・・農業の主流であり、すべてを自然に依存する栽培方法です。
「施設園芸(ハウス栽培)↓」・・・露地栽培で冬場も生産できるように温室管理ができるようにした方法です。
「水耕栽培↓」・・・植物の栄養分の供給を土壌環境から脱却し、直接与える方法です。
(水耕栽培の詳細記事はこちら↓)
「水耕栽培」とは?水耕栽培キットを自作するための基礎知識
「植物工場↓」・・・ハウス栽培、水耕栽培を取り入れて自然環境の影響を受けない(受けにくい)ようにした栽培方法です。
※「完全制御型の植物工場」はこの定義通りですが、太陽光利用型の植物工場はあいまいな部分もあります。。
植物工場の「メリット」と「デメリット」とは?
植物工場の「メリット」はなに?
・安心で安全な農作物の安定供給が可能になる!
植物工場のように人工的な工場で管理することで気象条件に左右されることなく栽培環境をコントロールでき、害虫による被害もないため「安定生産・安定供給が可能」になります。季節を選ぶことがなく通年出荷も可能です。また、虫や細菌類の侵入を防ぐことで農薬を使用しないため「安心・安全な食物」の生産も可能になります。
・土地面積あたりの生産能力が高い!
完全制御型(人工光型)の植物工場の場合、露地栽培と比較して年間の面積あたりの生産能力が100倍以上になります。この理由は環境制御によって光合成を促進し、作物にストレスをかけずに育成することで苗の定植から収穫までの期間を約2分の1に短縮することができるからです。また、多段式の栽培棚を使うことで土地を平面的だけでなく、立体的に使用することができるため面積あたりの収量は飛躍的に上昇します。例えば、リーフレタスを床面積1000m2で10段の栽培棚で育成した場合、1日約7500(株)、年間約250万株生産できます。そのため、植物工場は土地面積あたりの生産能力が露地栽培の100倍以上になることもあるのです。
・水の使用量が少ない。
完全制御型の植物工場であれば水の使用量が露地栽培に比べて理論的には100分の1、実務的にも10分の1程度まで削減可能です。その理由は葉から出た蒸発水を冷房時の結露水として回収して使用し、溶液も循環利用するためです。
植物工場の「デメリット」はなに?
・コストが高い!!!
1番のデメリットはなんと言っても「コストが高いこと」です。植物工場は露地栽培と比較して圧倒的にイニシャルコスト(工場自体や設備の費用)・ランニングコスト(日々の電気代や人件費)ともに高くなります。上記のメリットを実現するために植物に最適な環境を作るのが植物工場ですが、環境を変えるには多くのエネルギーが必要となります。
・生物の多様性や生態系としての複雑性がなくなる。
植物工場は単一の植物をできるだけ効率よく育てるシステムです。「効率性」を求めると今までの露地栽培で育てていた作物のような手間のかかる品種は作らなくなり「生物の多様性」がなくなることを意味します。つまり、生産される作物の種類が減り、多様な日本の食文化もさびしいものになる可能性があります。現時点ではまだ植物工場の課題や問題が多く、露地栽培の作物と置き換わるようなところまで来ていませんが、今後発展していく場合はこれは大きなデメリットになります。
(植物工場より先に種子法の廃止であっという間にF1品種ばかりになって多様性がなくなる可能性の方が高いかもしれませんが。。。種子法について)
植物工場の「課題」と「問題点」とは?
植物工場の最大の課題はデメリットと同じで「コストが高い」ことです。よく植物工場は「規模のメリットが重要だ」と言って規模拡大に一直線に進んでいく傾向がありますが、もともと採算性を合わせられる技術やノウハウが蓄積していなければいくら規模を拡大してもポンコツの工場が量産されるだけです。ポンコツ工場を規模拡大は赤字を膨らませ、倒産へ向かって一直線に進んでいくことになります。(補助金を使ってブームに乗っかった会社はこのパターンで次々と倒産しています。)まずは、小規模でもきちんと採算の合うシステムをきちんと作ることが重要です。
そして、ある程度の技術をためて採算が合うパッケージを作り、規模を拡大すると次は「販売の問題」が出てきます。大量生産をするということは「大量の在庫」ができます。植物工場で大量生産された作物は露地栽培よりコストをかけているため「高単価で販売しなければならない」という課題がでてきます。植物工場で作られた野菜がいくら安心・安全と言ってもそもそも消費者はスーパーに並んでいる野菜が危ないとは思っていません。そのため安心・安全を付加価値としてきちんと理解してくれない状況もあります。このあたりの課題をきちんと解決しないと植物工場の発展はなかなか厳しいです。
まとめ
タイトルで「植物工場は儲かるのか?」とのサブタイトルをつけましたが、結論として「今はまだ植物工場で儲けるのは厳しい状況ですが、将来は儲かるビジネスにはなる」と考えています。
しかし、やり方は現在の日本で主流となっている「完全人工光型」や「完全制御型」はコストの課題が大きく、規模のメリットで強引に採算を合わせてもどこかでひずみがでてきます。自然環境と人工的に作り出したい環境の差が大きければ大きい程余分なコスト(ランニング・イニシャル両方のコスト)がかかるのは避けられません。
そのため、今後の儲かる植物工場は自然でできることは自然にやってもらいコストを落とし、環境に配慮した自然共存型の植物工場が理想形であると考えています。(現状の太陽光型の植物工場に発想が近いです。)
つまり、育てたい植物がもともと自生する場所で、補助的な面で植物工場のノウハウを応用する方がその土地の文化を残し、特産品として付加価値もつけることができるため日本には適しています。
また、植物工場だけでなく「循環式の養殖」と組み合わせた「アクアポニック」等の発展したスタイルの食料生産のスタイルも次々とでてくると予測しています。
・循環式養殖についての詳細はこちら(循環式養殖について)
~参考書籍~
・植物工場経営 井熊 均、三輪 泰史
明暗をわける戦略とビジネスモデル
・植物工場ビジネス 池田 英男
低コストなら個人でもできる
・図解 よくわかる植物工場 高辻 正基
・図解でよくわかる植物工場のきほん
設備投資や生産コストから、溶液栽培の技術、流通、販売、経営まで
~植物工場 おすすめ書籍~
・図解でよくわかる植物工場のきほん 古在 豊樹 監修
植物工場の概念や技術面の解説が非常に詳しく、図解もされているため非常にわかりやすいです。植物工場の入門書としては必須の一冊です。
・植物工場経営 明暗をわける戦略とビジネスモデル
植物工場の技術面だけでなく、植物工場ビジネスの「経営」について詳しく記載した一冊。実際に植物工場に取り組んでいる企業の事例も多く、マーケティングの視点もとても参考になります。上記の「植物工場のきほん」と「植物工場経営」の2冊があるとこのテーマの理解が非常に深まります。